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キャノンボール・アダレイ / イン・サンフランシスコ(RISA-1157/SACDハイブリッド)

キャノンボール・アダレイ / イン・サンフランシスコ(RISA-1157/SACDハイブリッド)

参考買取価格 ¥2,000

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※相場は変動しますので記載している買取価格は買取保証額ではございません。
※盤質、状態良好、帯、他付属品完品の場合の参考買取価格となります。

査定担当コメント

お世話になっております。セタガヤCD買取センターです。

1959年。マイルス・デイヴィスが『カインド・オブ・ブルー』をリリースし、オーネット・コールマンが『ジャズ来るべきもの』を発表し、ジョン・コルトレーンが『ジャイアント・ステップス』を録音した、ジャズの歴史が塗り替えられた年。

アルトサックス・プレイヤーとしてピークを迎えていたジュリアン・キャノンボール・アダレイもまたそうした革命に関わりながら、その一方で自身の音楽性を確立した作品群を世に問うていました。

まずは59年2月録音の『キャノンボール・アダレイ・クインテット・イン・シカゴ』です。
マイルス・デイヴィスのツアーで訪れたシカゴで、ボスの居ぬ間にバンド全員を連れてスタジオに入り1日で録音された名盤。アルト・サックスにキャノンボール、テナーにジョン・コルトレーン、ピアノにウィントン・ケリー、ベースにポール・チェンバース、ドラムはジミー・コブという当時ジャズの最先端にいた面々が、ゴリゴリのハード・バップ・ジャムセッションを繰り広げています。とてもこの1ヶ月後にあの静謐な『カインド・オブ・ブルー』を録音するメンバーとは思えません。

4月と5月には『キャノンボール・テイクス・チャージ』として発売されるスタジオセッション。リズムは半分が同じケリー、チェンバース、コブ。残り半分はベースとドラムにアルバートとジミーのヒース兄弟を迎えています。あまり語られないアルバムですが、ワンホーンでスタンダードを歌いまくる貴重な作品です。

このような活動を経てマイルス・バンドを脱退し、新たなレギュラーグループを結成したキャノンボールは、59年の10月サンフランシスコのジャズ・ワークショップで画期的なライブ盤を録音します。それが本日ご案内するこの一枚です。

・アーティスト/The Cannonball Adderley Quintet キャノンボール・アダレイ
・タイトル/ In San Francisco イン・サンフランシスコ
・レーベル/米 Riverside Records
・型番/RISA-1157-6

・備考/SACD HYBRID盤 2004年

■参考買取価格/ 2000円

※2004年にリリースされた、この盤のおそらく唯一のSACD盤です。現在は廃盤となっています。

パーソネルはソウルフルなソングライティングで名高い弟のナット・アダレイ(cr)。
アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズで「モーニン」という大傑作曲を残し移籍してきたボビー・ティモンズ(p)。あの『サムシン・エルス』での共演を始めキャノンボールとは旧知の仲でありルー・ドナルドソン等ブルーノートの諸作でプレイしてきた名手サム・ジョーンズ(b)。さらにファンキー・ジャズの名門ホレス・シルバー・クインテットからルイス・ヘイズ(ds)というスーパーグループです。

このアルバムは現在では「最も初期のソウル・ジャズ作品」として、また「ジャズのライヴ盤の価値を大きく高めた1枚」として革新的だったとの評価が定着しています。
カットされずに残されたキャノンボールの軽妙かつ熱いMC、ジャズでもあり教会音楽でもありR&Bでもあるティモンズのもうひとつの代表曲「ジス・ヒア」、オールスタンディングだったという観客の熱狂。そういった要素を余す所なくパッケージした本作は5万枚という当時としては異例のヒットに。「以降、皆がこぞってライヴ盤をリリースする契機になった」とは本作のプロデューサーであるオリン・キープニュースの証言です。

キャノンボールのこのソウル路線は1966年の 「マーシー・マーシー・マーシー!」の記録的な大ヒットで頂点を迎えました。その曲を書いたバンドメンバーのジョー・ザヴィヌルがマイルス・デイヴィスに引き抜かれ、『イン・ア・サイレント・ウェイ』から『ビッチェズ・ブリュー』へと至る次のジャズ革命で大きな役割を果たすわけですが、それはまた別の機会に。

大切なコレクションをご処分の際はぜひセタガヤCD買取センターにお声掛けくださいませ。

掲載日: 2022年07月22日

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